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第 168 回

当たり前の日常を支える、人々の労力を思い出そう

ならまちから、南へ歩く。古い町家の並ぶ通りを抜けて、天理街道に出ると、その道に面して、瓦屋根の小さな駅舎が立っている。JR桜井線、愛称「万葉まほろば線」の京終駅だ。平城京の外京の、南の端にあたる場所だったことから、「京の終わり」という意味で、この名がついたといわれる。

駅舎は、明治三十一年(一八九八年)に建てられた、木造の平屋だ。百二十年ほど使われたのち、二〇一七年にJRから奈良市へ譲られ、縦長の窓などが、明治のころの姿に戻された。かつての駅事務室はカフェになり、待合室には、誰でも弾けるピアノが置かれている。駅員は、いない。代わりに、地元の人が「コミュニティ駅長」となって、列車の時刻や行き先を案内し、駅舎の掃除を引き受けている。

桜井線は、全線が単線だ。線路が一本しかないため、上りと下りの列車は、京終のように行き違いのできる駅で、すれ違う。片方の列車が着かなければ、もう片方は動けない。ホームで、待合室で、人々は、それぞれの列車を待っている。

日本に暮らしていると、日頃何気にものごとが回っていることに 感謝を忘れがちである。

例えば、電車が安全確認を行った為、 大幅に遅れる場面に直面し、自分の不運を嘆いてしまう。

予定が総崩れで、どうしてくれるんだ?と不満を述べる。

そんな時は、ふと考えてみよう。

もし、その安全確認を怠ったが為に大事故が起き、 自分がそれに巻き込まれてしまったとしたら。

場合によっては、命を失ってしまうかも知れない。

電車が遅れることで、どんな大事な予定が狂ったとしても、 命を失うよりはマシだろう。

日頃の当たり前が、様々な人の労力によって 実現していることを、時々でいいから思い出そう。

やがて、線路の先から、列車の音が近づいてくる。予定より少し遅れて着いた列車から、何人かが降り、待っていた人たちが乗り込んでいく。向かいのホームでも、もう一本の列車が、静かに動き出す。明治に建てられた駅舎は、鉄道会社から市へと受け継がれ、地元の人たちの手に守られながら、今日も同じ場所に立っている。京の終わりと呼ばれた場所から、列車はまた、次の駅へ向かっていく。

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