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第 169 回

人は変われる。それは、自分自身を変えるということ

王寺駅から、バスでほんの数分のところに、達磨寺がある。『日本書紀』によれば、推古天皇の二十一年、聖徳太子が片岡の地を通りかかった時、道のほとりに、飢えた旅人が倒れていたという。太子は、その人に食べ物と飲み物を与え、自らの衣を脱いで、そっと掛けてやった。

翌日、旅人は亡くなった。太子は深く悲しみ、その地に墓を築かせた。ところが、しばらくして墓をあらためると、亡骸は消え、棺の上には、太子が与えた衣だけが、たたまれて残っていたという。のちの人々は、この旅人こそ、達磨大師の化身だったと語り伝えた。その墓とされる古墳の上に、鎌倉時代、寺が建てられ、達磨の像が祀られた。それが、この寺のはじまりだと伝えられている。今の本堂は、二〇〇四年に完成したもので、堂内には、聖徳太子と達磨大師の像が、ともに祀られている。

達磨大師は、インドから中国へ渡った僧で、禅のはじまりの人とされる。嵩山の少林寺で、壁に向かって九年、ただ黙って坐り続けたと伝えられ、「面壁九年」という言葉は、そこから生まれた。秋の境内は、ひっそりとしている。本堂の中で、その人の像は、今も静かに坐っている。

「人は変われない。」と言う人がいる。

しかし、果たして本当にそうだろうか?

それは、無意識に他人を変えようとしていて、 変えられないから、それを以て「人は変われない。」と 言っているのではないだろうか?

つまり、変わる軸が他人にある。

もちろん、他人を変えることは出来ないが、 「人は変われる」のである。

ただし、それは自分自身を変えるということだ。

考えてみて欲しい。

他人を変えることは出来ないし、 仮に誰かひとりを変えることが万が一出来たとしても、 世界にはあなた以外に80億人いるのだから、 永遠に他人を変え続けることは不可能である。

しかし、たったひとり、変えることができる人が居る。

それは自分自身である。

そして、その自分自身を変えることが出来れば、 あなたの世界はがらっと変わる。

参拝を終えて、境内を振り返る。古墳の上に建つ本堂は、何も語らない。千四百年前、片岡の道ばたで、見知らぬ旅人に自らの衣を掛けた人と、九年のあいだ、ただ壁に向かい続けたと伝えられる人。ふたりの像は、今日も同じ堂の中に、静かに祀られている。

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