近鉄生駒駅の改札を出て、少し歩いたところに、生駒ケーブルの鳥居前駅がある。大正七年(一九一八年)、生駒山の中腹にある宝山寺への参詣の足として、日本で初めてのケーブルカーが、ここから走りはじめた。それから百年あまり、鳥居前駅から宝山寺駅までの、一キロに満たない坂を、ケーブルカーは今も行き来している。
宝山寺線を走るのは、ブルドッグをかたどった「ブル」号や、三毛猫をかたどった「ミケ」号といった、少し変わった姿の車両だ。観光客や小さな子ども連れに人気の車両だが、この路線は、ただの観光の乗り物ではない。坂の両側には家々がぎっしりと立ち並び、朝と夕方には、通勤や通学の人々も乗り込んでくる。ケーブルカーとしてはめずらしく、この町の暮らしの足でもあるのだ。
ドアが閉まると、車両はゆっくりと坂を上りはじめる。窓のすぐ外を、家々の屋根が流れていく。途中にはいくつかの踏切があり、人や車が、ケーブルカーの通り過ぎるのを待っている。ケーブルカーの踏切は、全国でもめずらしいのだという。振り返ると、坂の下に生駒の町並みが広がり、その向こうには、なだらかな丘陵の稜線が、うっすらと霞んでいる。
いつも通っているこの道。 いつも乗っているこの電車。 いつも見ているこの景色。 いつも会っているこの人々。
人生では、その当たり前と思えることが、 突然当たり前でなくなる。
その、いつも出来ている何気ないことに感謝し、 有難みを噛みしめよう。
終点の宝山寺駅で降り、参道をしばらく歩くと、生駒聖天の名で親しまれる宝山寺の境内にたどり着く。このケーブルカーは、もともと、この寺へ参る人々のために敷かれたものだった。百年あまりが過ぎた今、その同じ坂を、仕事へ向かう人、学校へ向かう人、家へ帰る人を乗せて、ケーブルカーは行き来している。日が暮れる頃にも、窓に明かりをともした車両が、誰かを乗せて、ゆっくりと坂を上っていくのだろう。